大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(う)2129号 判決 1979年5月14日

(一)本店所在地

東京都渋谷区道玄坂二丁目二九番一九号

株式会社 栄工務店

(右代表者代表取締役 清水榮次)

(右同 鈴木益見)

(二)本店所在地

東京都渋谷区道玄坂二丁目二九番一九号

第一栄工業株式会社

(右代表者代表取締役 清水榮次)

(右同 鈴木益見)

(三)本籍

埼玉県越谷市大字下間久里三九五番地一

住居

右同

職業

会社役員

清水榮次

大正一二年八月二〇日生

右被告人らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和五一年九日一〇日東京地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人らからそれぞれ適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官河野博出席のうえ審理し、つぎのとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人倉田雅充ほか一名作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官河野博作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

所論第一点は、原判決が、被告人株式会社栄工務店および同清水榮次について、(一)昭和四六年一二月一六日から同四七年九月二〇日までの事業年度における右会社の実際所得金額を六、四八九万二、〇七二円、(二)昭和四七年九月二一日から同四八年九月二〇日までの事業年度における右会社の実際所得金額を一億六、一六九万二、七六五円と認定したうえ、それぞれ、不正の行為により、これに対する正規の法人税額と申告税額との差額を免れた旨判示しているが、右所得金額を算出するにあたり貸付金勘定に含めて計上している松下こと山田浩徂ほか四名に対する昭和四七年九月二〇日現在の三、〇〇〇万円および同四八年九月二〇日現在の五、〇〇〇万円は、実際には、貸付金でなく、右会社が鳶、土木工事を施行するにあたり山谷地区の人夫手配師である同人らに対し労務者を確保してもらうための必要経費として支払つたものであるのに、これを貸付金と認定し計上しているのは誤まりであり、原判決には脱税額に関する右の事実誤認がある、というのである。

そこで記録および当審における事実取調の結果を総合して検討してみるのに、原判決が右会社の実際所得金額を認定するにあたり、山谷地区の人夫手配師である松下こと山田浩徂、佐藤義雄、西村平一、松下昭二、吉田仁に対する所論指摘の各年度における合計三、〇〇〇万円および合計五、〇〇〇万円を、それぞれ各期末の貸付金残高の中に含めて計上していることが明らかであるが、右金額が所論主張のように山谷地区の人夫手配師に対する労務者確保のための必要経費であると認めることはできず、むしろ、本件の査察にあたり被告人清水らが当初から右金員を労務者集めのための必要経費であると強く主張したような形跡が全くないこと、被告人清水自身査察官や検察官の取調を受けるにあたり、再三にわたつて右金員は山田らに対し貸付けたものである旨を認める供述をしており、その内容にも不合理な点は見出せないこと、山田らも、右金員を被告人清水から借用したものであることを認めており、現にその一部は競輪、競馬など遊興のために使われていること、さらに右金員のうちの一部はその後被告人清水に返済されていることもうかがわれること、などを考え合せると、右金員はまさに貸付金とみるのが相当であり、山谷地区労務者の確保にかなりの困難がつきまとうことや、右のような貸付金の回収が容易なものでないことなど、所論のような事情を考慮に入れても、なお、右認定をくつがえすに足りるものでなく、原判決の認定に誤りはない。所論は理由がない。

所論第二点は、被告人らに対する原判決の量刑はいずれも不当に重い、というのである。

よつて記録および当審における事実取調の結果を総合して検討してみるのに、被告人清水は、同株式会社栄工務店および同第一栄工業株式会社をほぼ同一の時期に経営していたものであつて、右両会社の合計四事業年度について法人税のほ脱をしたものであるところ、犯行の態様も労務者の人数を水増しするなど架空の経費を計上して簿外預金を蓄積するなどの方法により所得を秘匿したうえ所轄税務署長に過少申告をしたものであつて、まことに悪質というほかはなく、ほ脱税額も被告人株式会社栄工務店が合計約五、三九五万円、同第一栄工業株式会社が合計約三、三七六万円、その総計約八、七七一万円にも及ぶ大がかりなものであつて、その刑事責任は決して軽視することができず、被告人清水の前歴なども考え合せると、本件犯行後各被告人会社につき修正申告にもとづく法人税などを完納していること、その他所論指摘のような事情を考慮に入れても、なお被告人らに対しそれぞれ原判決程度の量刑をもつて臨むことはやむを得ないものというべきである。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀江一夫 裁判官 石田穰一 裁判官 濱井一夫)

昭和五一年(う)第二一二九号

○控訴趣意書

被告会社 株式会社栄工務店

同 第一栄工業株式会社

被告人 清水榮次

右被告人らに対する法人税法違反被告事件について、弁護人らは控訴の趣意を左の通り提出する。

昭和五一年一二月一一日

右被告人ら弁護人

弁護人 倉田雅充

同 三宅秀明

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

第一点 原判決は事実を誤認しており、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、当然破棄されるべきである。

一、原判決は被告会社株式会社栄工務店、並びに被告人清水榮次に対して、法人税法違反の事実を認定し、

「被告人清水榮次は株式会社栄工務店の業務に関し法人税を免れようと企て…(一)、昭和四六年一二月一六日から同四七年九月二〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が、六四、八九二、〇七二円であつたのにかかわらず…所轄税務署長に対し、その所得金額が二五、四二七、四七六円で、これに対する法人税が九、一二五、六〇〇円である旨虚偽の法人税申告書を提出し…正規の法人税額二三、六二九、〇〇〇円と右申告税額との差額一四、五〇三、五〇〇円を免れ、(二)、昭和四七年九月二一日から同四八年九月二〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一六一、六九二、七六五円であつたのにかかわらず…所轄税務署長に対し、その所得金額が五四、三四三、七二九円で、これに対する法人税額が一九、六三六、六〇〇円である旨虚偽の法人税確定申告書を提出し…正規の法人税額五九、〇八七、三〇〇円と右申告税額との差額三九、四五〇、七〇〇円を免れたものである。」としている。

しかしながら、原判決は脱税額を算出するに際し財産増減法によつているが、同法により貸付金として貸付金勘定に計上している松下浩徂(山谷手配師)外四名に対する昭和四七年九月二〇日現在の三〇、〇〇〇、〇〇〇円、並びに昭和四八年九月二〇日現在の五〇、〇〇〇、〇〇〇円は実質経費であり、これらを各事業年度の末期に貸付金残として計上し算出した脱税額は計算の基礎を誤つており、原判決はこの点、事実を誤認していると言うべきである。

二、被告会社の松下浩徂らに対する貸付金の性格について検討するに、

(一) 被告会社は本店を東京都渋谷区道玄坂二丁目二九番一九号に置く資本金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の株式会社であり、その営業目的は土木・建築工事の請負などを行なつているが、実質的には株式会社長谷川工務店など大手建設業社の下請業者として、ビルデングやマンシヨン等の建築工事に伴う鳶・土工工事を行なつてきた。そして東京近辺での工事に際しては自社の宿舎に宿泊させる季節労務者や、山谷の労務者を日雇として雇用して、各工事現場に派遣して労務を提供しており、大阪近辺での工事に際しては、主として下請負業に工事を外注する形で営業している。被告人清水の大蔵事務官に対する供述によると、本件当時、被告会社が鳶・土工として使つた山谷労務者は、全労務者の八〇パーセントを占めていたと言うことであるから、被告会社の営業は山谷労務者に依存していたと言うことが出来るが、いずれにしても山谷労務者や季節労務者、或は下請負業者の協力なくしては被告会社の円滑なる営業は期待出来ない状態にあつた。

(二) 近時、労務者の一時的雇用は、労務者の質の低下にともない非常に難しいものがある。ちなみに山谷労務者について見れば、山谷は生活に疲れ、食いつめた人達の流れついた場所であり、そしてそこには、怠惰な生活に馴れ、勤労意欲もなく無為な日を送る人達もあれば、身体が悪くて働けない人達もあり、鳶工事や土工工事に適さない老人もいる。彼等は或る時はそれぞれの状態で糧を求めて働き、或る時は働くことを嫌つて道路に寝る生活を送つており、その生活は私達の常識では理解することの出来ないものがある。従つて、その人達から労務者を雇用するとすれば、それはその人達の生活と、個々の労務者の性格と能力を知悉する人を介せずして雇用することは殆んど不可能であると言つてよい。それだけに山谷には労務者と結びついた手配師がおり、労務者も手配師を介してこそ自らの能力に応じた労働を得ることが出来る。換言すれば、山谷労務者を雇用するには手配師の協力を願わざるを得ないのが現状であり、松下浩徂ら五名は正にこの山谷の手配師である。

(三) 被告会社と松下浩徂ら五名の山谷手配師との間の昭和四七年九月二〇日現在の簿外貸付金残高は三〇、〇〇〇、〇〇〇円であるところ、昭和四八年九月二〇日現在では五〇、〇〇〇、〇〇〇円にも達している。被告人清水は昭和五〇年四月五日付大蔵事務官に対する質問顛末書において、本件貸付金を貸付ける動機について、

「株式会社栄工務店としては鳶・土工で山谷の労務者を使うのが全労務者の約八〇%を占めています。二〇%位は季節労務者を使つています。山谷の労務者を使うについては、栄工務店の世話役が人夫集めに行くわけですが、栄工務店の世話役が行く地域は松下浩徂が総元締をしていた地域で、松下に顔をきかせないと巧く人夫が集められません。そのため人夫一人についていくらかの人夫賃を賃金に上乗せして支払いすると労賃のピンハネとなつて、これは当局から労働基準法違反として禁止されていて出来ないので、私としては無利子、無担保で貸付けることにしたわけです。」

と供述し、さらに昭和五〇年一月三一日付大蔵事務官に対する質問顛末書によると、

「利息も担保もとつていないし、預収書とか借用書なども貫つていない。」

と供述しており、これらの供述によると、本件貸付金は被告会社にとつては、山谷労務者を確保するため提供せざるを得なかつたものであり、且つまた、領収書はおろか借用書も作成されていないところからすれば、被告会社はその返済も期待していなかつたものと推測することが出来る。

他面、松下浩徂(山田浩徂)は大蔵事務官に対する質問顛末書において、被告人清水から貸借名下に金員の提供を受けたことを認め、その当時の事情について、

「私や輩下の者は、いろいろの建設業者の下請的な仕事をしていましたので、その人夫買の資金にしたり、競輪・競馬の資金にしたりするために借りたのです。」

と供述し、さらに、

「人夫買資金は一日三五〇、〇〇〇円位必要だつた訳です。」

とも供述している。即ち松下浩徂らにとつて本件貸付金が必要であつたのは人夫買資金だけでなく、競輪や競馬の資金であり、言わば遊興費である。この使用目的と同人の山谷での生活態度などからすれば、松下浩徂に本件貸付金を返済する意思があつたとは到底思えない。尤も同人は本件貸付金の一部を返済しているが、それは被告会社から引続き貸し出しを受けるための口述にすぎず、真摯なる返済の意思の表現では決してない。

(四) 右により明らかなように、本件貸付金は被告会社にとつては山谷労務者を確保するために止むなくなされた出損であり、返済を受けることの決して出来ない債権であり、名目は貸付金であつても、その実質は山谷労務者確保のための経費である。

従つて、これらを名実共に貸付金として計上し、本件脱税額を算出した原判決は事実を誤認しており、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、当然破棄されるべきである。

第二点 原判決は刑の量刑が不当であり、当然破棄されるべきである。

一、原判決は前記の通り、被告人らに対して法人税法違反の事実を認定して、被告会社株式会社栄工務店を罰金一三、〇〇〇、〇〇〇円に、同第一栄工業株式会社を罰金八、〇〇〇、〇〇〇円に、被告人清水を懲役一年に各処し、同被告人に対して三年間右懲役刑の執行を猶予した。

しかし、被告人らの本件犯行の動機、本件犯行後の処置など総合考慮すると、原判決の量刑は明らかに不当である。

二、被告人は、本件犯行の動機について検察官に対する供述調書において、

「私共のような仕事は季節労務者や、山谷の労務者を集めて土工工事などさせるわけですが、これらの者には毎日現金で賃金をやらなければなりません。一方、元請からの支払は出来高に応じて例えば二〇日締切りり翌月一五日払いと言つたように、実際に私の方から金が出るより後で金が入つてくるのです。私が個人で仕事をしていた頃、労務者に対する支払いをするために、女房の給料を前借りして支払つたと言う苦しい思いをしたことも何度かあり、その頃から、せめて一ケ月か二ケ月分位は金が入らなくとも仕事がしていけるだけのものを貯めておきたいと思つていました。会社組織にして仕事をやるようになつてからも、私のような小さな会社ではいざ現金が必要だといつても直ぐに銀行から金が借りられるわけではなく、結局、自分で自由になる金をつくつておかなければ、仕事が続けられなくなると言う心配がいつもあり、そのために表に出さない金をつくつて来たのです。」

と供述している。

この供述によると、本件は、被告会社らの現金決済をよぎなくする業務の性格と、企業規模も未だ個人企業に類するような極めて小規模にして弱体であつたにも拘らず、不動産ブームに影響されて工事量も急激に増大し、これにより生ずる将来の明らかな資金不足に備えて、企業保護のためなされたものであつて、決して被告人清水がその私利私慾のために本件に及んだものではない。

三、次に被告会社らの本件犯行後の態度について、

被告会社らは、本件査察調査が終了した後は直ちに所轄の渋谷税務署、並びに渋谷都税務所宛修正申告書を提出し、各修正申告書にもとずく追徴税額(株式会社栄工務店について五六、三六一、七〇〇円也、第一栄工業株式会社について金三三、五八七、五〇〇円也)は、その後分割して支払い、現在その全額を支払つている。

四、被告会社らには、この種の事件についての前歴もないし、被告人清水にも、前科はあるがいずれも相当以前のものであり、勿論同種の前科もない。

そして被告人らは、いずれも本件を良き教訓として、今後は再度その種の過ちを犯さないことを約束し、それなり機構改革もしている。

以上の諸事情を御勘案頂けば原判決の量刑は明らかに不当であり、当然破棄されるべきである。

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